過去

美術教育

最近コミュニティへの加入や展覧会へのお誘い等色んな人に自分を知ってもらう機会が増えたので、詳しい自己紹介も兼ねて記事を書きました。

 

僕が絵を描くのが好きになったきっかけはポケモンやNHKの動物番組が好きで、見ては描いてたのがきっかけです。そこから新しい動物を創作してみたり、遊戯王カードのモンスターと混ぜてみたり、新しいモンスターを創作したりしていました。

でもその頃から動物の形やモンスターの形に対して不満がありました。

描きたい形、自分の欲している形としてベストな形ではないと感じていたのです。

そんな時本屋さんで面白い形に出会いました。

それが岡本太郎の明日の神話でした。

https://www.1101.com/asunoshinwa/asunoshinwa.html

気になってしまってしょうがなくなってしまい、親に頼んで買ってもらった修復の本。

この明日の神話が僕を美術に対して興味を持たせたきっかけでした。

ラテン音楽のような溢れる情熱の赤さを、印刷物ながら感じました。

ただ出会った当初はただ岡本太郎の情熱にやられて美術とは芸術とは一体なんなのかなんて考えもしませんでした。

 

 岡本太郎と出会い美術を志した南少年は県内の美術系高校への進学を決めました。

受験の為に絵画教室に通い始めますが、その教室に入ることも最初は嫌がりました。

絵を教わる事が自分の絵を捻じ曲げられるような、自分が自分でなくなってしまうような気がしたのです。

しかしその教室の先生がとても良いお方で恩師として今尚、先生の教えは僕の中に生きています。

 恩師の協力もあり、美術高校への受験に合格した南少年ですが少しも嬉しんでなどいませんでした。

美術とは芸術とはなんなのかだんだん感づいていました。

これは岡本太郎ではないぞと。

 

 進学先を間違えた南少年は岡本太郎に芸術の一片を見出すべく作品集漁りにかかりました。

岡本太郎…岡本太郎…やはり芸術のコーナーにある。しかしこれはその他の芸術とは一線を画す絵である。もはや芸術などではない。「芸術は爆発だ」何を言ってるんだこのおっさんは。

自分の求めるところの芸術は岡本太郎なのに何故学校で自分の手のデッサンや自画像なんて描かなければいけないのか、これは明らかに違う分野だ。

 

 そんな青い絶望をしていた時悲劇のような、今でも思い返す度に腹が煮えくり返る経験をしました。

学校のデッサンを担当していた教師が僕の絵を破り始めたのです。びりびりと4、5枚に破かれた絵が雑巾を絞るように丸められごみ箱に勢いよく落とされる光景は生涯忘れないと思います。

その頃から芸術や美術に対する恨みを持つようになりました。

ポケモンやモンスターを描くことは幼稚で恥ずかしい事だと言われ一切描かなくなっていました。

やっぱり失ってしまったじゃないか大事なものを。

 

こんな学校はすぐに去るべきだと思うようになっていた矢先1冊の本に出合いました。

青春ピカソ

この本によって全て理解しました。今まで自分の大事な表現を失ってまでやってきた美術の現状を。

この中にピカソの言葉として、こう綴られています。

「美のアカデミックな教育方法は間違っている。われわれはだまされたのだ。あまりよく欺されすぎて、そこに真実の影の一片をも見出すことができない。パルテノン、ヴィナス、ニンフ、ナルシスの美しさはともに同程度の偽りである。芸術は決して美の基準の応用ではない。本能と智能が基準と独立に把握するものである。一人の女に恋したときに、ひとは決してゲージでその容姿を測りはしないだろう。ところがひとは愛の中にまで基準をひき入れようとした。」

そうか僕も騙されたんだと確信した南少年はやっと探し求めた答えにたどり着いて現状を確認し絶望に絶望を塗り重ねました。

結果的に高校を中退することになり、絵の事を考えることも岡本太郎に憧れることも辞めました。

 

 

その後は如何にそれらの苦い経験を自分の中で昇華すべきか悩みました。

学校にも通わず肉体労働をしてみたり夜中に20㎞ほど自転車を走らせてみたり。

何も変わりはしない。

向き合うほかにないと感じ絵の具を垂らしてみたりしても具合が悪くなる。

もう描けなくなってしまったと、酒を飲んで暴れて前歯がなくなったりしました(笑)

精神的にもうやられまくっていました。

 

 

そんな時大好きなChick Coreaの曲を聴いていました。

the Hilltopという曲です。

この曲を聴いていると何故か筆を握りたくなりスラスラと線が引けたのです。

思考が邪魔しない、本能のみで線を引くことが出来た。

この経験が再度僕を絵描きとして生きていきたくさせてしまいました。

未だ恨みを持ったまま、形式的な方法をなるべく避けながら、可能な限り本能的に線を入れた絵を描けるようになりました。

その後サークル活動を通してキャラクター性のあるまた少し違った形式的な絵を描けるようになり、だんだんと傷も癒え、自分の中に失った表現とは形を変えて情熱を持てるようになりました。

 

 

芸術に対しての教育はむしろこのままでいいと思っています。

反抗し自分で専制する力こそ芸術には必要だからです。

青春ピカソより岡本太郎の言葉を引用します。

 

「日本のごとき文化的悪条件の中で、西欧近代文化の先端であるピカソをのり超えるというような超近代的営みが可能であるかどうかという、当然読者が抱かれるであろう懐疑に対して。なるほど封建的で良識層には旧時代的な趣味好尚が根強いし、芸術界も本質的に近代の洗礼を受けてはいない。かなり進歩的な近代主義者たちでさえ、のっぴきならない封建性との絶望的な闘いが身にしみて、これもまた日本的諦めの懐疑主義に陥っている。十九世紀的近代の段階にも達していない日本で、超近代的な問題など到底思いも及ばないといってわが国におけるアヴァンギャルドの可能性を真向から否定するのが、今日一つの常識にさえなっているようだ。だが私にはその論は極めて素朴であるとしか思えない。

 もし芸術が単に爛熟した文化の上にのみ咲く花であるとすれば、以上のような機械論が成り立たないでもない。しかし芸術においては最悪の条件こそ最大の飛躍の契機となるということを私は信じるのである。散文的な現実生活の矛盾苦悩はもちろん精神をいためつける。しかしそれでよいのだ。もっともたくましく、繊細な精神は己を制約し傷めつける物質と激しく対峙する。その猛烈なぶつかりあいによって生じる火花にこそ私は真に人間的な生命と、芸術の姿を見るのである。」

 

絵描きは精神的にたくましくなければなりません。

これは教育云々で片付く問題ではないのです。

自分で切り開く以外の方法はないのです。